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東京高等裁判所 昭和40年(う)63号 判決 1969年12月15日

主文

一、原判決中被告人北沢勝、同樋口信司、同清野寅次郎に関する各部分を破棄する。

二、被告人北沢勝を懲役六月に、同樋口信司、同清野寅次郎をいずれも懲役四月に各処する。

三、但し、この裁判確定の日から、被告人北沢勝に対し二年間、被告人樋口信司、同清野寅次郎に対し各一年間当該各刑の執行を猶予する。

四、右被告人三名にかかる訴訟費用の負担は、末尾の別表記載のとおりとする。

五、右被告人三名を除くその余の被告人らの本件各控訴及び検察官の被告人桑原時男にかかる本件控訴をいずれも棄却する。

六、当審における訴訟費用の三分の二を第一項記載の破棄にかかる被告人三名を除くその余の被告人らの均分負担とする。

理由

<前略>

論旨は、原判決が本件公訴事実中、被告人北沢、同樋口、同清野が昭和三三年一一月二二日午前一一時四五分頃東三条駅々長事務室において、共謀して同駅々長櫛谷直一に対して暴行を加え、以て同駅長の列車監視等の公務の執行を妨害したとの点につき、各被告人らの無罪を言い渡した部分につき、法令適用の誤りを主張するものである。

よつて、審按するに、原判決は右無罪の理由として、まず右公訴事実につき、関係証拠によれば、「被告人北沢、同樋口、同清野三名は、昭和三三年一一月二二日午前一一時四五分頃三条市田島所在日本国有鉄道東三条駅々長事務室において、急行第五〇一号旅客列車(日本海)の出発監視監督のため制帽を被つて出場しようとした同駅々長櫛谷直一(当五一年)に対し、被告人樋口において同事務所出入口附近で両手を拡げて立塞がり、被告人ら三名において交々「だめだ、だめだ。まだ話がある」と言つて右櫛谷駅長の肩や腕を押して押し戻し、被告人北沢において同駅長の制帽をとつて机の上に投げ、同駅長がなおも右帽子を被つて室外に出ようとするのを、被告人ら三名において前同様これを阻止したため、櫛谷駅長は室外に出ることを断念し、右公務の執行ができなかつた」事実を認定することができ、右事実によれば、被告人ら三名の右櫛谷駅長に対する所為は刑法九五条に言う公務執行妨害の共同正犯としてその犯罪構成要件を充足し、従つて形式的には違法性を推認せしめるものであるとしながら、実質的違法性阻却事由の有無につき検討するとして、さらにいくらかの事実認定を経たうえ、右事実に対する判断として結局被告人らの本件各所為は、被告人らが櫛谷東三条駅長に対し申し入れた正当な組合活動としての団体交渉の場から同駅長が立ち去ろうとするのを阻止しようとしてなされるものであること、同駅長は列車監視の監督のため室外に退去しようとした際、「小便に行く」とも言つているところから、被告人らにおいて同駅長が列車監視の監督もさることながら、義務付けられていない監視監督にあえて出場しようとするのは、交渉の場から逃避しようとしているものと考え、これを阻止しようとすることは無理からぬこと、被告人らの所為は特段暴力的なものと言うことはできず、またこれにより列車の運行自体には何等支障を来さなかつたことを併せ考えると、被告人らの本件所為は労組法一条二項本文に言う労働組合の正当な行為の域を超えるものとは言い難く、従つて刑法三五条により行為の実質的違法性を阻却する旨説示しているものである。

そこで、原判決が本件公訴事実にそう事実認定に供した各証拠を検討してみると、原判決の事実認定、ひいて共同正犯としての公務執行妨害罪の構成要件充足の判断を優に是認することができる。すなわち、右事実によれば、被告人ら三名の阻止行為により、列車の出発監視監督のため駅長事務室から出場しようとした櫛谷駅長が室外に出ることを断念させられ、右公務の執行ができなかつたことが明らかであるし、かつまた、右阻止行為の内容をなす被告人らの有形力行使が、その態様、程度からみて、刑法九五条所定の「暴行」にあたるものであることも疑いを容れないところである。してみると、原判決がとくに違法性阻却事由の有無につき、1ないし4として判示した事実が証拠上認められ、従つて被告人らの本件所為は被告人らからの団体交渉申入れを(旧)公共企業体労働関係法(以下、「公労法」という。)四条三項を理由に拒否する態度に出た櫛谷駅長に対し団体交渉に応ぜしめる目的でなされたもので、櫛谷駅長が右団体交渉を拒否したことは不当労働行為にあたるものであつたと仮定してみても、本件所為のような暴力の行使は、社会通念上団体交渉の際許容される手段としての限界を超えるものであり、もとより実質的違法性阻却事由の有無の判断を加える余地のないものといわざるを得ないのであつて(同趣旨の最高裁判例は枚挙に暇がないが、最近のものとして、とくに昭和四一年一〇月二六日大法廷判決を援用して、勤労者の正当な団体行動は、刑事制裁の対象とならないが、暴力が行使されたときには、刑事免責を受け得ない旨判示した昭和四一年一二月二三日第二小法廷判決参照。なお、検察官が当審で提出した本件被告人桑原時男ほか四名にかかる逮捕等被告事件にかかる昭和四二年一一月二五日第二小法廷決定も同趣旨である。)、原判決が被告人らに対し無罪の言渡しをしたのは法令の解釈、適用を誤つたもので、それが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決中被告人北沢、同樋口、同清野に関する部分は、すでにこの点において破棄を免れない。<以下省略>

(栗本一夫 石田一郎 藤井一雄)

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